武田薬品のグローバル化を牽引
武田薬品工業の元社長である長谷川閑史氏が、7月3日に80歳で死去しました。早稲田大学を卒業後、1970年に武田薬品に入社。2003年には社長に就任し、同社のグローバル化を強力に推進しました。米国のバイオベンチャーやスイスの製薬大手を買収するなど、成長に向けた新市場の獲得に尽力しました。2014年には、後任に外国籍の幹部を招聘して自らは会長に就任。優れた決断力とリーダーシップにより、武田薬品がグローバル企業としての礎を築く上で、極めて重要な役割を果たしました。

武田薬品工業の元社長である長谷川閑史氏が、7月3日に80歳で死去しました。早稲田大学を卒業後、1970年に武田薬品に入社。2003年には社長に就任し、同社のグローバル化を強力に推進しました。米国のバイオベンチャーやスイスの製薬大手を買収するなど、成長に向けた新市場の獲得に尽力しました。2014年には、後任に外国籍の幹部を招聘して自らは会長に就任。優れた決断力とリーダーシップにより、武田薬品がグローバル企業としての礎を築く上で、極めて重要な役割を果たしました。
長谷川氏は経済界でも多大な足跡を残しました。2011年から2015年まで経済同友会の代表幹事を務め、東日本大震災の際には、例年のセミナー会場を被災地の仙台市に変更するなど、言葉だけでなく行動で被災地に寄り添う姿勢を示しました。また、政府の産業競争力会議の民間議員として、労働規制の緩和提案やTPP交渉の加速に貢献するなど、日本の成長戦略にも深く関与しました。そのリーダーシップと志は、多くの経営者や経済界の発展に大きな影響を与え続けています。
長谷川閑史氏は、武田薬品の成長をグローバルな視点で導いた経営者であり、同時に経済界のリーダーとして社会課題にも真摯に向き合った人物でした。企業の枠を超え、国家の競争力向上や災害支援にも貢献したその功績は、極めて大きいものです。グローバル企業としてのタケダの礎を築き、経済界の発展に尽力した長谷川氏の志は、多くの人々に深く刻まれ、今後も受け継がれていくことでしょう。